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「天空の城ラピュタ」で何故ロボットは空から落ちてきたのか?

前回「天空の城ラピュタ」について、「向こうは逆に風が吹いている」という個人的に好きなセリフをもとに、「パズーの過酷な人生と父への思い」について書いてみた。

今回は「天空の城ラピュタ」の本編中では語られなかった謎である「なぜロボットはラピュタから落ちてきたのか?」ということについて考えようと思う。物語の流れ上極めて自然に描かれて見過ごしがちなのですが、いまいち何故落ちてきたのかがわからない。

少なくともパズーたちがあった苔の生えたロボットは正常に動作していたし、終盤に現れた戦闘用ロボットも正常だった。なにゆえあの一体だけが落っこちてきたのか。今回はこの件に関して個人的に考えたことを書こうと思う。あまり説得力は無いけどね。

そして更に、物語上「ロボットが落ちてくる」という事実がどういう意味合いを持っていたのかも考えていく。

「天空の城ラピュタ」の全体的なあらすじはこちら

ロボットが落ちてきた理由。

エネルギーの枯渇

この問題を考える上で最も重要なシーンと思われるのが、ロボットがシータの持つ飛行石からエネルギーをもらったシーンである。つまりあの時点でロボットのエネルギーは枯渇していたことになる。したがって、ロボットが動かなくなったのは落下の衝撃によるものではなく、もともとそうなっていたと考えるのが自然であろう。

それが自然なのはいいのだが、あのロボットがラピュタの中でどういう状況にあったのかということが問題になる。エネルギーを失いながら、あのロボットは何をしていたのだろうか?

封印されたラピュタでの役割

パズーとシータがラピュタで最初に出会ったロボットは戦闘用ロボットではなく園芸用だったに違いない。基本的なメンテナンスを人がいなくなったラピュタで延々と行っていた。思えば他の園芸用ロボットもその活動を止めていたので、エネルギーが枯渇していたのは地上に落ちてきたロボットだけではなかったということになる。どれほど長い間人のいないラピュタで活動していたのだろうか。その姿を想像するだけでも切ない。

ただ、切ないながらも園芸用ロボットの活動は想像できるのだが、落ちてきたロボットの役割がいまいちピンとこない。他の戦闘用ロボットはキチンと格納されていたのにも関わらず、あいつだけはそうではなかったことになる。

ここからはなんの根拠もない話になってしまうのだが、封印される前と後では攻撃用ロボットの持っている意味が変わったのだろうと思われる。つまり、封印される前はそれこを攻撃と防衛であるが、封印されたあとは、その封印を守ることが使命となるだろう。

しかし、空中最強の都市であったラピュタの封印を守るためのロボットは、たった一体のロボットで十分と考えても不思議ではない。実際あの落下したロボットは、地上では「無双」であった。したがって、たった一体で、その封印を破ろうとするものを駆逐するには充分なのである(そもそも「逆に吹く風」が積乱雲の中にラピュタを隠している」)。

つまり、その封印を破るようなやつが現れたときに、あのロボットは活動するのである。

みなさんわかりますね?「天空の城ラピュタ」で最初にその封印を破った人は「パズーの父」である。つまり、あの日パズーの父がラピュタに近接したときにあのロボットは出撃しようとしたのだが、すでにエネルギー切れになっていたロボットはパズーの父を追撃することが出来ずに墜落してしまったのである。逆に言うなら、パズーの父は「危機一髪」だったのである。

さて、どうだろうか?いうほどの説得力がないことは分かっているが、そんなに悪くないと思う。結構いい線いってると思いません?

ロボットが落ちてきた意味。

シータが落ちてきた意味-パズーにとっての蜘蛛の糸-

ここからは「ラピュタという世界のなかで、なぜロボットが落ちてきたのか?」という問題ではなく「ロボットが落ちてくるということは物語上どういう意味を持っているか」ということを考えたい。

最も重要かつ単純な比較対象はシータである。シータが落ちてきたということは、ラピュタの中では結構深刻な意味合いを持っている。それを考えるにはパズーの日々に思いを馳せなくてはならない。

パズーの父親はラピュタを発見してしまったが故に詐欺師扱いされ、失意の中で死んでいった。そんな父のことを「信じたい」パズーは過酷な労働の中で夜な夜な飛行機を作っていた。

みなさんも薄々気づいていると思うが、あんな子供が一人で作った飛行機では到底ラピュタにたどり着けない。パズーは自分の父の汚名を返上することは本来できなかったのである。

しかも、かつて父かラピュタの話を聞かされたときから時間が経過し、パズー自身だって僅かに父の言葉に疑いを持っていたに違いないのだ。それでも信じたかったパズーは、飛行機を作ったのである。信じていたのではなく、信じたかったのである。

そんなパズーにとって空から落ちてきた女の子シータの存在は、まさに蜘蛛の糸のようだったのではないだろうか?自らが信じたかったものへのたった一本の細い細い糸。それがシータだったに違いない。そして、シータの出現によってパズーの絶望の日々は本当に輝き始めたのである。これは本人が作品中で言葉にしてシータに語っているが、我々が彼の言葉から受ける印象以上に、パズーにとっては福音だったに違いないのだ。

では、「ロボットが落ちてくる」とはどういうことなのだろうか?少々遠回りしながら考えることにする。

ムスカの一族の念願

ここからはまず、ムスカの人生に想いを馳せよう。

劇中のムスカはラピュタ探索の指揮をとっており、なかなかうまいことやっている有能な男に見える。しかし、本人がシータの前で語ったように、ロボットが落ちてこなければ「誰もラピュタの存在を信じなかった」のである。

では、ロボットが落ちてくる前のムスカの人生はどういうものだったのか?おそらく、失意の内になくなったパズーの父と同じものだっただろう。

ムスカはパズーと同じようにラピュタを信じ、そしてそれ以上に王族の血族であることを信じていた。そんなムスカの人生が順風満帆だったとは思えない。ムスカ、あるいはムスカの血族があの世界でうまいことやっていれば、ムスカはラピュタを目指さなかっただろう。もしそうなら、ムスカはそういう血族の一員として安穏に生き、自らの自尊心を満足させたことだろう。しかし、作品中のムスカから漂う強烈な自尊心からは、そういう状況は想像できない。

おそらく、シータの一族が捨てなかった飛行石と呪文は、ムスカの一族にとってはラピュタの歴史だったのだろう。

シータの一族は意味もわからずに飛行石と呪文。ムスカの一族は力も持たずにその歴史をそれぞれ保持した。

このように王族を分けることによって、ラピュタという存在を現代で言うところの「核兵器」のように封印したのだろう。

しかし、歴史を失うことが出来なかったムスカ一族は、その「誇り」を捨て去ることが出来なかった。おそらくかつて、ラピュタを捨てることを最後まで反対したのがムスカの祖先なのだろう。ただ、「ラピュタ」というあり方の限界も正しく理解していたムスカ一族は、歴史をとり飛行石を捨てたのだと思う(飛行石は奪還できる)。

しかし、以上のことはたとえムスカの一族に受け継がれた歴史だとしても、それは誰にも信じることが出来ない話である。ラピュタにたどり着いたムスカは、手帳を開いてラピュタ文字を読んでいたが、あれを見せたところで、普通の人にとっては「トンデモ話」である。

しかしロボットが落ちてきたのである

歴史を失わなかったムスカ一族の念願を、あのロボットの墜落が全面的に肯定したのである。それは、過酷な労働の日々の中でシータという蜘蛛の糸を掴んだパズーと同じ状況だっただろう。

なにやら一族の話にしてしまったので、ムスカの過酷な人生が伝わらなかったと思うが、ムスカは心の底からラピュタの復興を望んでいたし、それを望むくらい過酷な人生を歩んでいたのである。

ムスカにとっての「落下するロボット」はパズーにとっての「空から落ちてきた女の子」なのである。

少々妄想が過ぎた文章だったと思うが、そんなに変なことでも無いと思う。