スタジオジブリ

「天空の城ラピュタ」の主人公パズーの名台詞「向こうは逆に風が吹いている」を考える。

「天空の城ラピュタ」は1986年に公開された宮崎駿監督による劇場用アニメーション作品である。宮崎作品の中でも屈指の人気を誇る作品だと思うが、私自身小学生の頃に一番多く見た宮崎作品だったと思う。

スタジオジブリの設立が1986年なので、1年程度で作られたことになるが、あのような傑作アニメーションがこんな短期間で作られたというのは正直信じがたい。この辺のことは当時制作進行だった木原浩勝さんが「もう一つのバルス」という制作ドキュメンタリーを執筆してくれている。

さて今回は、私が個人的に好きなパズーのセリフ「向こうは逆に風が吹いている」について考えたい。

このセリフは子供の頃から何故か心に残っており、とても好きなセリフだった。なぜあのセリフは私の胸を打つのだろうか?まずはパズーの人生について思いを馳せみよう。

「ラピュタ」本編前のパズー【父を信じたかった日々】

夜な夜なオーニソプターを作る日々

パズーを語る上で欠かせないのは自宅にあった自作の飛行機(オーニソプター)であろう。彼は親方のもとでの激務に耐えながら夜な夜なオーニソプターの制作に励んでいたわけである。そんなしんどい生活をしてきた理由考える上で重要なのはもちろん、父に関する発言

父さんは詐欺師扱いされて死んじゃった。

である。あまりにもサラッと言われてしまって聞き流してしまうのだけれど、幼少期のパズーにとってはなかなかしんどい事実であっただろう。

ここで我々は想像すべきである、自分の父親の発言を誰も信じてくれないという状況を。

そのような状況の中で、パズーは無邪気に父の言葉を信じることができたであろうか。もちろん旅から帰ってきてすぐの頃はそうだったかもしれない。しかし、冷たい周りの反応の記憶と自らの精神的成長の中で、父の言葉に疑問を持つことは当然のことであろう。

そのように考えると、パズーが夜な夜なオーニソプターを眠気に耐えながら懸命に制作したのは、父を信じていたからではなく、父を信じたかったからということになると思う。

宮崎作品の登場人物は決して苦しい表情を見せないが、それは苦しくないからではなく、苦しさを人に目つけるようなことをしないからである。

パズーもいい男である。だが、我々はあの笑顔の中にある苦しみをわかってあげるべきではないだろうか。

シータという福音、そしてポムじいさん

そんな苦しい日々を送っているパズーにとって「シータが空から降ってきた」という事実がどれほど心躍る事実であっただろうか。自分が「信じたかったもの」が「本当のことかもしれない」に昇格する決定的な瞬間が、シータを発見したあの瞬間に違いないのだ。

パズーがあれほどまでに懸命にシータを守ろうとするのもそのへんに端を発していると思われる。シータが「ゆっくりと」空から降ってきた秘密を解き明かすことができれば、父の名誉を取り戻せるかもしれないし、自分の人生を取り戻せるかもしれない。

完全に利己的な理由によってシータを守ろうとしたということになるが「一目惚れ」よりは分かりやすい理由であると思う。

結果としてパズーは、シータの秘密の名前『リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ』を知ることとなる。シータがこの秘密の名前を赤の他人に明かしたのは何人目だろうか?まあ、一人目ということもないかもしれないが、数えられないということはないだろう。パズーはラピュタへの執着によってシータから『ラピュタ』という言質をとったわけである。その後パズーは顔が崩れるくらいに喜んで「よーしやるぞ!」と声を上げる。当然のことである。しかしそのシーンの前にも極めて重要な証言をパズーは得ている。もちろん、ポムじいさんの証言である。

ポムじいさんは「石が騒ぐのは空の上にラピュタが来ているからだ」という話をしてくれる。ここでも我々は想像すべきである。パズーの周りに「ラピュタ」という存在を肯定的に語る存在が何人いたのかということを。そんなもの0人に決まっている。子供のパズーには耳障りのいいことを言ってくれた大人もいたかもしれないが、「詐欺師扱いされて死んじゃった」というパズーの言葉を鑑みるとまあいないと考えるのが妥当だろう。おそらくポムじいさんは始めて「ラピュタ」を肯定してくれた大人に違いない。この時のパズーの喜びもひとしおだったと思う。

以上のように

  1. 空から落ちてきたシータ
  2. ポムじいさんの証言
  3. シータの秘密の名前

という三つの要素によって、パズーにとってラピュタは「信じたいもの」から「存在を確信できるもの」となったに違いない。

では、存在を確信できればそれで良いのかと言うと、そうは問屋が卸さないのである。

パズーの忘れ得ぬ言葉「向こうは逆に風が吹いている」

シータとポムじいさんの証言によって、パズーは本気でラピュタを信じることができるようになった(ように見える)が、「ラピュタが存在すること」と「父がラピュタを見たこと」の間には相当なギャップがある

しかしパズーは決定的な現象を目にした。つまり「向こうは逆に風が吹いていた」のである。つまりあの時に、

パズーは父を取り戻したのである

パズーが「龍の巣」を見たときの高揚感を我々が想像することは不可能であろう。世界(世間)に否定された、父の秘宝が目の前にある。そしてそれを父が本当に見たということは、「向こうは逆に風が吹いている」という父が残してくれた言葉が証明しているのである。

この時のパズーは無敵である。過酷な労働の中で、それでもなお信じようとしていたことが本当だったのだから。

そしてパズーは

父さんは帰ってきたよ!

という言葉でタイガーモス号の連中を説得した(もちろん、その前に労働をもって信頼を勝ち取っていたわけだけれども)。ゴリアテの連中は馬鹿みたいに「飛行石の光」と「ムスカの命令」に従っているだけだが、パズーには本当に「ラピュタの存在」に確信があるし、かえって来られることにも確信がある。個人的には涙なくしては見ていられない名シーンである。

私が「向こうは逆に風が吹いている」というセリフが好きな理由はこんなところである。頑張ったな、パズー!

確かにパズーは苦難の日々だっただろうね。でも、シータだってそうだったんじゃないかな?
そうだな、もう少しシータのことについても考えてみよう。

おまけ:ポムじいさんの謎

この記事の最初に紹介した「増補改訂版 もう一つの「バルス」 ―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― (講談社文庫)」の著者木原さんが、製作期間注に宮崎監督から「木原君、ポムじいさんがどれだけ重要かわかっていますか?」という質問されたという記述がある。木原さんの返答は極めて秀逸なものである:

「ポムじいさんはラピュタ人の末裔だから……。ち、違いますか……?」

中略

「シータはラピュタ日との末裔で、ムスカも同じく王族の末裔です。物語はこの2人が飛行石を軸に追跡劇をやってるわけですが、僕はともう1人、かつて飛行石をほっていた労働者階級のラピュタ人が物語に出てくるべきじゃないかとおもっていましたから」

このあとも宮崎監督とのやり合いが繰り返されるのですが、木原さんは宮崎監督からの質問攻めに答えきったのである。

この木原さんの説明は極めて分かる話である上に、言ってくれなければ気づきもしないことである。「なるほどな~」と自らの愚かさを実感しつつも、「それ以外にもポムじいさんの重要性ないのだろうか」と、木原さんに無益な対抗心を燃やしてしまうのである。そのことについて少し書こうと思う。

この記事の本編で述べたように、ポムじいさんは極めて重要な証言をしたわけである。しかし、本来あの証言をするべき人物は別に存在している。つまり、パズーの親父と一緒にラピュタを見たあの髭面のおっさんである。「天空の城ラピュタ」という作品にあのおっさんが出てこないのはあまりにもおかしい。だからと言って、「ポムじいさんがあいつ」ということではない。年齢がおかしすぎる。

では、もしあのおっさんが物語に登場したら何をしただろうかと考えて見ると、おそらく、パズーに「自分は本当にラピュタを見た」ということを伝える役割だったのではないだろうか。もちろんこれはパズーの父親がみんなから疑われてるときに、たった一人の味方としてなすべきことであるが、普通に考えると、圧倒的な疑いの目を前にして「本当に見たんだ!」なんてことを主張するのは困難である。だが「本当のことを言わなかった過去」は本人を苦しめるかもしれない。したがって、「なすべき事をなすべきときにしなかった」というじくじたる思いを持ったおっさんとして登場し、今度こそはとパズーに真実を伝えただろう。

直接的ではないが、これってポムじいさんがやったことではないだろうか。

少々話はズレるのだが、ラピュタには何故か登場しない人物が他にもいる。

例えば、パズーの母、髭面のおっさん、ドーラの愛人、である。

パズーの母もドーラの夫も写真でしか登場しない。ドーラの愛人に至っては通常は発見することは不可能だし、発見してもその写真に映っている人物が誰かはわからないようになっている(愛人の写真は有名なドーラの若き日の写真または絵の下に宝石箱に隠れて存在している)。

ドーラの愛人はいいとしても、パズーの母と髭面のおっさんはやはり出てこないのはおかしいのである。

ではなぜ登場しないかと言うと、「登場させると、とっちらかって2時間程度の映画には収まらないから」ということになる。

このことについても「増補改訂版 もう一つの「バルス」 ―宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代― (講談社文庫)」に重要なことが記されている。

ドーラがシータを自分の部屋につれてきたシーンの最初期の絵コンテには、若き日のドーラと椅子に座った謎の男の写真が描かれており、それを見た木原さんがその人物について尋ねると、実はフラップターを作ったのはその人物だとか、神父だといった設定を聞かされた。そして絵コンテには「ドーラの愛人」という記述まであったそうだ。そして宮崎監督は

「でもここにきていきなり、この人誰?はないんですよ、活躍しなんですから。だからこれはやめるんです」

と語ったそうである。実はこれ以外にもいろんなものを削りながら作品が制作されたことが分かるのだが、パズーの母も髭面のおっさんも「活躍は」しないのである。

ここでポムじいさんに戻ると、たしかにポムじいさんは「労働階級の末裔」であろうが、それ以外にも、本来髭面のおっさんがやらなくてはならない役割を背負った存在でもあるのだと思う。

つまり、ポムじいさんを一人だすだけで、登場人物が一人増えるという不都合が解決されているのである。ポムじいさんの重要性はこういうこともあるのではないかと思うし、我々が気づいていないだけで、きっと他にもポムじいさんはいるのだろう。

この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。

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