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【ジョジョ第四部】吉良吉影の敗因と杉本鈴美が託した思い。

「ジョジョの奇妙な冒険」は1986年からジャンプ系列に連載されている荒木飛呂彦による漫画シリーズである。私が小学生の頃にはすでに3部から4部に移行している時期で、概ねジョジョといえば第四部の事になっていたような気もする。

そんなジョジョ第四部の敵役「吉良吉影(きらよしかげ)」は、とんでもないシリアル・キラーでありながら何やら不可思議な人気のあるキャラクターでもある。今回は吉良吉影の敗因を探りながら、ジョジョの奇妙な冒険第四部が以下に素晴らしい作品かということを語っていきたいと思う。個人的にジョジョ第四部はジョジョシリーズの結晶のような名作である。

さて、吉良吉影は何故敗北したのだろうか?

怪奇ものとしてのジョジョ第四部と吉良吉影の罪

ジョジョの奇妙な冒険は怪談である

ジョジョ第四部を理解する上でもっとも需要なことは「ジョジョの『奇妙な冒険』」はもともと怪奇もの、怪談であるという事実だと思う。第1部からその敵は吸血鬼だったし、人の血で作動する謎の石仮面が重要な役割を演じていた。

ところが「バトルもの」としての側面を持っているため、ジョジョの持っている怪談としての側面がどうしても薄れてしまう。

特に第3部に置ける「スタンド」が「超能力」という捉えられ方はしても「怪奇現象」として捉えられづらいということも、ジョジョの奇妙な冒険が怪談であるという事実を隠してしまっていると思う。ただ、そもそもスタンドは「幽波紋」のルビであったし、承太郎は「怨霊」という言葉を使っていたので、読者に対する最低限のメッセージは発せられていた。それでも怪談という側面は薄れていってしまったように思われる。

そこに燦然と現れたのが第四部である。

ジョジョ第四部は間違いなく怪奇ものとなっている。何よりも「スタンド」の正体が明らかになっていると、私には思われるのだ。

つまり、「スタンド」とは「幽霊」であり「人の思い」である。

杉本鈴美という「スタンド」-地縛霊は人の思い-

「スタンド」が「幽霊」でありかつ「人の思い」である証拠は、ジョジョ第四部の最重要キャラクター杉本鈴美が教えてくれている。

杉本鈴美は殺人鬼吉良吉影の最初の犠牲者(の1人)である。まだスタンド能力がなかったころの犯行であるため、その事件は表沙汰になっているが吉良は見事に逃げ切っている。もしかしたらその事件を知った母親のスタンド能力が彼を救ったのかもしれない。羨ましいくらいに彼は両親に愛されていたのだろう。

だが、非業の死を迎えた杉本鈴美はその凄惨な事件の真相を伝えるべく、その場に「地縛霊」として存在し続けていた。彼女はなんと15年もの間「誰か」を待ち続けたのである。そんな彼女に付き合った愛犬アーノルドの思いにも涙が流れる(そして犬にも危害を加えていた吉良の狂気にも驚く)。

そしてそんな彼女を捉えきったのは岸辺露伴と広瀬康一だった。彼らが現れるまでなぜ誰も彼女の思いに気づくことが出来なかったのか?

杜王町の人々が杉本鈴美を捉えられなかった一番の理由は、あの事件をなかったことにしたかったからに違いない。臭いものに蓋をしたかったのである。犯人は捕まっていないのに。もちろん仗助の祖父のような人もいたのだが、それは多数派にはならなかった。結果的に杜王町は「定期的に行方不明者が発生する町」になってしまった。平和で美しい杜王町はそういった闇を抱えていたのである。

そこに戻ってきたのが岸辺露伴。彼はごちゃごちゃした東京から故郷に帰ってきたというが、杉本鈴美の思いに惹かれたのだろう。

彼のスタンド「ヘブンズ・ドアー」の能力は強烈な他人への興味の現れである。臭いものに蓋をした杜王町の人々の思いとは真逆に位置している。そんなスタンドを持つ岸辺露伴は、引き寄せられるように「あの場所」にたどり着く

そこには15年間ただひたすらに町つづた杉本鈴美がいたわけだが、岸辺露伴も広瀬康一も当たり前のように幽霊である彼女を認識している。つまり、スタンド使いには幽霊が見えるのである。第3部でもそういった描写があったし、杉本鈴美の一見でそれは確定したと言える。

逆に考えるならば、スタンド使いにしか見えないスタンドとはまさしく「幽霊」である。

そしてそんな彼らが完璧に捉えた杉本鈴美は、その存在そのものがスタンドである。結局スタンドとは、それぞれの人の思いである。

岸辺露伴は他人への強烈な興味がスタンドとして現れたが、それは実のところ「自分を知りたい」という欲求の歪んだ表出だっただろう。広瀬康一のエコーズも、その瞬間その瞬間の強い思いが形となっていた。仗助のクレイジー・ダイヤモンドは「なおしたい」という仗助が持っている本質的な優しさの現れであるし、億泰や形兆の能力は「消したいものがある」という思いの象徴だった。

そしてそういった「思い」が形として現れた時、それを我々は「幽霊」というのだろう。

杉本鈴美は「地縛霊」だったが、「地縛霊」とは単なる怨霊ではなく「どうしても伝えなくてはならないものがある」という人の思いの現れであり、生きている我々の目線で語るなら「死んでいった人の無念をどうしてもしりたい」という欲求の現れである。

杉本鈴美が教える人間精神の栄光

さて、このように「スタンド」とは「幽霊」であり「人の思い」なのだが、第四部でもっとも重要なのは杉本鈴美がスタンド(地縛霊)になった理由である。

結局の所、杉本鈴美は吉良吉影に殺されるその絶望の瞬間に、ただただ絶望するのではなく「この事実を誰かに伝えなくてはならない!」と思ったということになるだろう。なんとも泣けてくる話じゃないか。実際彼女は幼少期の岸辺露伴を逃している。とんでもない状況下で、彼女は自身の安全よりも自分よりも小さな子どもをとったのである。

こんな高潔な精神を持った少女を殺したのが、吉良吉影最大の罪であろう。しかし、彼女の持つその高潔な精神が、最終的に吉良吉影という殺人鬼の打倒につながったのである。

彼女が我々に教えてくれることは「人は絶望のその瞬間に、それでも一歩を踏み出せる」ということではないだろうか。これはまさに人間精神の栄光であり、「ジョジョの奇妙な冒険」で荒木飛呂彦先生が延々と描き続けていることだと思う。

そしてここに吉良吉影の敗因がある。彼にはこのような人間精神の栄光が理解できないのである。

吉良吉影の敗因-人間精神の栄光を知らない男-

吉良吉影は第四部で、2度追い詰められている。一度目は広瀬康一と空条承太郎によって、そして最後に川尻早人によって。前者の戦いも極めて惜しいものだったが、最終的な決着はは川尻早人の戦いよって成し遂げられた。杉本鈴美が15年間「待つ戦い」をした一方で、まだ生きている川尻早人も見事な人間精神の栄光を見せてれた。彼が見せた栄光とは何だったのだろうか?

川尻早人の戦いと吉良の誤解

川尻早人は、極めてめんどくさい少年でありながらも優れた頭脳を持った存在でもあった。彼は自分の父親の異変に気が付き、最終的に「他人(吉良吉影)」になってしまっていることに気がつく(この辺も「怪談」だよね)。そんな彼の動向に感づいた吉良吉影は追い詰められ「バイツァダスト」という新しい能力を手に入れる。

その能力によって、吉良を追い詰めるために早人に近づく者を駆逐しながらそのたびに時間を戻し早人に「無限地獄」を与えようとした。

ここで重要なポイントは「バイツァダスト」の能力を早人に教えなけれが、早人はなすすべがなかったということである。

早人は目の間で人が爆裂する姿を見続けて実際心が折れそうになっているが、吉良はそのことに気がついて「バイツァダスト」の能力の真実を伝えてしまう。これが吉良最大のミスなのだが、吉良の思いも分からないではない。

吉良は「バイツァダスト」の能力を早人に伝えることによって、彼に「もうどうしようもないんだ」という絶望を与えようとした訳である。人間精神の栄光を知らない吉良からすれば、それで早人の行動を完全に抑えたと思ったことだろう。

しかし早人は止まらなかった。彼は絶望のその瞬間に、それでも一歩を歩んだのである。その一歩が結実したのは7月16日8時30分。彼は運命に勝利した。

明日って今さの精神

川尻早人が踏み出した一歩は、ジョジョ第1部でポコが踏み出した一歩に重なるだろう。

いじめられっ子だったポコは、そのたびに姉に助けられ「明日こそは」と姉に強がっていた。その「明日」が延々とやってこないことに姉は不満をつのらせていたが、ポコはジョナサンを救うために命をかけた一歩を踏み出した。「明日って今さ」という彼の言葉は「ジョジョの奇妙な冒険そのもの」であるように私には思える。

川尻早人も7月16日8時30分に「明日って今さ」の一歩を踏み出したのである。吉良吉影は懸命に早人に絶望を与え、彼から行動を奪おうとしたが、その絶望を超えるのがジョジョという物語である。

以上無駄に長々と書いてきたので、吉良の敗因に関してまとめてみると

ジョジョ第四部に置ける「スタンド」の正体は幽霊である。それは杉本鈴美と岸辺露伴との出会いによって証明されるものであるが、それ以上に人の思いがスタンドの本質となっている。自分が殺されそうになるその瞬間に「この事実を誰かに伝えなければならない」と思った杉本鈴美の思いが彼女を地縛霊というスタンドにしたが、それはまさに人間精神の栄光である。一方吉良吉影はそういった人間の強さを全く理解できないので、川尻早人を絶望という牢獄に閉じ込めればすべてが解決すると思い込んでいいた。ところが川尻早人は「明日って今さ」の一歩を踏み出し、絶望のその瞬間に吉良を打倒する一歩を踏み出したのである。つまり、吉良吉影の敗因は「人間精神の栄光」を理解出来なかったことである。

ということになるだろうか。もちろん異論はあるだろうが、私にとってのジョジョ第四部はこういう物語である。

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