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「エイジャの赤石は波紋増幅装置だった」っておい!【回収されないジョジョの伏線達】

「ジョジョの奇妙な冒険第二部」は1987年から1989年まで週刊少年ジャンプに連載された荒木飛呂彦による漫画作品である。現在は「戦闘潮流」として知られる「ジョジョの奇妙な冒険シリーズ」の第二部である。私が初めて読んだのは小学生の頃だったが、当時はすでに第四部に移行していた。

今回はそんな「ジョジョ第二部」の最重要アイテム「エイジャの赤石」について考えていこうと思う。特に「せ…赤石は波紋増幅装置だった」というジョセフのセリフの意味合いについて考えていきたい。このセリフは、ジョジョシリーズ特有の「回収されない伏線」になりかけていたリサリサの発言を、ギリギリで回収したものになっていると基本的には考えることができる。とりあえずは「エイジャの赤石」に関する証言を振り返ろう。

「エイジャの赤石」に関する証言とジョセフが受け取ったもの

証言1:カーズ

まずはエイジャの赤石を追い続けるラスボスカーズの証言から。

カーズの証言は彼らの復活前、エシディシに石仮面の解説をする形で登場している。カーズは自ら発見した小さな赤石を手にしながら以下のように語った。

この石仮面の骨針は人間の脳を「押す」ことはできるッ!人間を吸血鬼や屍生人に返信させることはできる……

しかし–我々の脳を「押す」にはパワーがたりない!不死身の肉体ゆえか 仮面にもっとパワーが必要だ!

この「赤石」はエイジャといって自然界にもめったにない美しい宝石

結晶内で光は何億回も反射を繰り返し増幅されて一点より放射する 自然が作り出した軌跡のパワーよ!

このパワーを利用してみよう!!

(カーズは石仮面にエイジャの赤石をはめ込み起動させた)

うぬう…… 理論は正しい だが だめだ!

不足だ!この小さな赤石のパワーではまだ骨針の「押し」は弱いのだ!!

完全なる一点の曇りもない「赤石」を探さなければならん!

この地球のどこかにきっとある スーパーエイジャをッ!

この後カーズはエシディシとワムウを引き連れて、大西洋を渡ってヨーロッパにたどり着き、ローマ皇帝がスーパーエイジャを持っているという情報を手にする。

一方で当時の波紋戦士達は、石の存在とカーズたちの目的を知り、苛烈な戦いを繰り広げてなんとか石を守り抜いたのである。

その後おねむになったカーズたちはなんと二千年も寝ていたのである(寝てんじゃねえよ)。

証言2:リサリサ

リサリサの証言は、過酷な訓練を終えたジョセフとシーザーに自分が所有するエイジャの赤石にまつわる真実を語るシーンでなされる。

コミックスの中では上述したカーズの証言と重なる形で描かれており、読者の我々は石仮面と赤石の真実をカーズの口から聞かされるが、ジョセフとシーザーはリサリサから聞かされている。

そしてリサリサの話を聞いたジョセフは「ぶっこわせ!」と至極当然の反応をするのだが、そのジョセフに対してリサリサは以下のように答えた:

それは言い伝えでできません。

「エイジャの赤石」を破壊したら なお「やつら3人」たちをたおせなくなるとの言い伝えがあるのです

(「いい伝え~?なんだァ~それは?」というジョセフに対して)

わかりません…… しかし 私は自分の使命を守り通さねばならない

つまり、2千年前に苛烈な戦いをカーズ達と繰り広げた波紋戦士達は、その戦いの中で「なにか」に気づき、その「なにか」がカーズの打倒に利用できることに気がついたということになる。

もちろん、その「なにか」こそがジョセフのセリフとして回収されるのである。

「エイジャの赤石」に関する伏線回収

ジョセフが受け取ったメッセージ

以上のことを踏まえると、ジョセフのセリフの意味が明らかになる。あるいは、彼があの瞬間にようやく受け取った過去からのメッセージが明らかになる。つまり

「確かにあいつらはエイジャの赤石の力を求めているが、あいつらを駆逐するためには通常の波紋の力では足りない。このエイジャの赤石によって増幅された波紋の力が必要だ。ただ、我々が今日までに発見できた強力な結晶はこれしかない。未来の波紋戦士達よ、彼らを駆逐するためにもエイジャの赤石を探し続けろ!」

これこそが「赤石は波紋増幅装置だった」とつぶやいたジョセフが受け取った悠久のメッセージだったに違いない。もちろんリサリサが継承していたような「スーパーエイジャ」についてはあれ1つしか存在し得ない可能性は極めて高い。

しかし、カーズが発見した「純度の低いエイジャの赤石」ならある程度は発見できる可能性はあるわけである(実際カーズは発見している)。

ただ、2千年前の苛烈な戦いを生き抜いた僅かな波紋戦士達はこの大切なメッセージの継承に完全に失敗した。リサリサなんてあの時代のもっとも優秀な波紋使いの一人であったのにも関わらず、意味のわからない「言い伝え」を信じて「エイジャの赤石」をただ守り続けていたのである。

このように考えると「ジョジョ第二部」は「失敗の物語」あるいは「喪失の物語」とも取れてしまうのだが、天才ジョセフが「喪失の物語」を「奇跡の物語」に変えてくれたのである。

自然と動いた右腕

「ジョジョ第二部」のラストは、なぜか自然とジョセフの右手が動き、カーズの繰り出す波紋をエイジャの赤石で防ごうとすることによって戦いの決着がついた。自分の行動をジョセフも理解できていないようだったのだが、あの一手がカーズを駆逐したのである。

ジョセフの右腕はなぜ動いたのか?何の知識もなかった彼の右腕はなぜ勝利を導いたのか?

ここにジョジョ第二部の本質がある。

波紋一族は「知識」を継承しそこねたが「魂」の継承には成功した。その「魂」は延々と何の役に立つかもわからない波紋という能力を継承することに使われた。

それはある意味で不毛な日々だったのだけれども、結果として波紋戦士たちは、ジョセフという「天才」に出会うことに成功したのである。

ジョセフの右腕を動かしたのは、歴史の影に消えていった波紋戦士達の思いであり、「太陽のエネルギーを増幅できるなら波紋も増幅できる」というある種の必然である。

この必然を天才ジョセフは身体感覚として感じ取っていたに違いないのだ。

ジョセフはいつだっておちゃらけていて、何も考えていないように見せている。しかしその実、誰よりも状況を冷静に分析し「最善」を発見する優れた能力をもっている。彼の言う「逃げる」もその知性が生み出したものだ。

「せ・・・赤石は 波紋増幅装置だった」とつぶやいたジョセフは何やら戸惑っているように見えるし、自分の行動を理解できていないようにも見える。しかし、あのセリフの裏には、波紋戦士たちの「魂のバトンタッチ」と「天才ジョセフが起こした奇跡」があった。

結局あのシーンは「ギリギリの伏線回収」などという下らないものではなく、「魂のバトンタッチとしてのジョジョ」という第三部以降にも引き継がれるジョジョの魂のあらわれだったのだと、私は思う。


以上のようにまとめると「ちゃんと回収されてるじゃん!」とも思えるが、ジョジョは連載漫画だとうことを忘れてはならない。

連載ではなく単行本で読んでいた私ですら、この伏線回収に気づくのに随分かかった。おそらく連載を追っていた人はリサリサの発言なんてとうの昔に忘れていたことだろう。「赤石は波紋増幅装置だった」と言われでも「はあ」となんとなくやり過ごしたに違いない。

そもそも伏線がはられていたことにも気が付かれていないのだから、これもある意味で「回収されない伏線」だったと言えるのかもしれない。

ということでここからは、「エイジャの赤石」以外の「回収されない伏線達」について振り返ろうと思う。

「エイジャの赤石」だけじゃない回収されない伏線達

承太郎を追う家出少女

ジョジョ第三部で、我々ジョジョファンの心に「あれは一体何だったんだろう?」という疑問を抱かせた存在といえば例の家出少女であろう。アニメ版が制作されたことによってその名前が「アン」であることが判明したが、一体彼女は何だったのか?

もちろん、彼女が最初に承太郎達と別れた段階で何もなければよかったのだが、アンは隠れて承太郎を追ってきていた。

あれはどう考えても再登場を匂わせるものとしか考えられないだろう。しかし現実は違った。アンは二度と我々の前に姿を表すことはなかった。

では本来アンはどうなるはずだったのだろうか?あるいは、どうなるべきだったのだろうか?

可能性1:承太郎が窮地に陥る原因

漫画としての「ジョジョ第三部」を考えると、最終決戦はとてもとても盛り上がらなくてはならない。そのために必要となるのは「承太郎が窮地に陥る」というよくある展開である。結果的に承太郎を追い詰めたものは大量のナイフだった。

しかし、アンの再登場によって承太郎が窮地に陥るという展開もあり得たのではないだろうか。ディオと対決中の承太郎の前に不意にアンが現れ、彼女をかばうために承太郎が気を取られたすきに、ディオからの決定的な一撃を食らってしまうという展開である。

あまりにも典型的な展開だが、ないとは言えない展開だろう。

可能性2:承太郎が時間を止めるきっかけ

もう一つ考えられる展開は、最終局面より前にもう一度アンが承太郎達と再会し、どうしようもなくなって旅についていくというものである。

その旅の中で信頼関係を気づいたアンが、ディオの終盤、決定的な命の危険にさらされる。そしてあと一歩アンに届かない承太郎が、スタープラチナで時間を止めるという展開である。

結果として、承太郎が時間を止める能力を発現させたタイミングは自らの危機の瞬間であったし「まじで怒ったから」がその理由であっが、こんな展開もありだったのではないだろうか。ちょっと典型的すぎるとも思うが。


アンに関して2つの可能性を考えてきたが、いずれにしても小さな女の子が過酷な旅を続けることになるので、彼女は何らかのスタンド能力を持つことになると思われる。ただ、そうなるとタロットカードが足りなくなってしまう。もしかしたらアンが再登場しなかったのは、タロットカードを使い尽くしてしまったからなのかもしれない。かもしれないだけだが。

謎のリーゼント野郎

「ジョジョ第4部」で我々がどうしても忘れることができないエピソードがある。幼少期の仗助が高熱を出した際、車で病院に向かう道すがら、雪にとらわれて前進できなくなった仗助たちを懸命に救ってくれた血だらけのリーゼント野郎の話である。

もっとも重要な点は、幼少期の仗助が感じたように、彼があまりにもかっこいいという事実である。いつか彼のように人を救いたいと、この年になっても思う。

そしてそれが故に、我々は彼のことが気になって仕方がない。

結局彼は第四部で再登場することはなかったのだが、再登場したらどのような事になったのだろうか?

可能性1:タイムリープした仗助

これは多くの人が考えた可能性であると思うが、彼は実のところ過去に戻った仗助本人であるという可能性である。

これは第三部で「ザ・ワールド」という時間を操るスタンドが登場したことに起因するし、「SF的」展開としてはある程度の面白さがある。そのため我々は、仗助が過去に飛ばされる日を待ちわびたのである。

ただ、これはありそうな展開ではあるが「ジョジョ的」には面白くない。幼少期の仗助の魂に大切なものを刻み込んだ人物が自分自身だったとしたら、それは「魂のバトンタッチ」にならない。

あのエピソードが「ジョジョ的」である理由は、子供の頃の仗助が「バトンを受け取った」という事実にある。高熱で意識が朦朧としていた仗助が、「赤の他人」から大切なものを受け取ったという魂の物語に意味がある。したがってあのリーゼント野郎は仗助であってはならないのだ。

可能性2:仗助たちが守った杜王町のおじさん

もう1つのあり得る展開としては、彼はすでに「ただのおじさん」になっているという展開である。

「ただのおじさん」というとなにやら悲哀を感じるが、ここで言いたいのは、彼も仗助たちが守り抜いた杜王町の一人というエンディングになっただろうという展開。つまり

死力を尽くした決戦の後、吉良吉影は「事故死」した。

美しい杜王町を「気づかぬ恐怖」に陥れた驚異がいなくなったある朝。登校中の仗助は横断歩道で中年男性とすれ違う。

彼は不意に振り向いてしまうが、その中年は何事もなかったかのように歩みをすすめる。

仗助は自分が何故振り向いたのかわからない。でも、その中年がいつもと変わらない日々を過ごしていることに満足する

といったエンディングである。もちろんその中年が例のリーゼント野郎ということになる。なぜこうしなかったのだろうと思うのだが、理由は1つだろう。

この終わり方だと「良い終わり方すぎる」ということである。

吉良吉影が死んだからといって、杜王町で失踪した人々は帰ってこない。残された人々は延々と待ち続けるのである。

そういった苛烈な現実がある以上、「おじさんとすれ違うエンディング」はあり得なかったのだろう。


これ以外にも回収されなかった伏線、解決しなかった謎はあると思う。「透明赤ちゃん」とか「ジョルノが救ったギャング」とか。ただ「ジョジョの奇妙な冒険」という物語は、伏線が回収されなくても、謎が解決しなくても、全く問題なく面白いのである。

そもそも謎が不満なら我々は第四部を最後に「ジョジョ」を見限ったはずである。しかしそんなことはしなかった。

ある意味でこういった話題は「友達とジョジョについて語るときのネタ」という荒木先生からのプレゼントと思うことができるのではないだろうか。

私はそう思うのです。

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